風邪をひいた。些細なことだけれどそれでも辛くて、額に触れたテミの掌が冷たくて、きもちいいなぁとぼんや り思った。やっぱりゆっくり休んでください、回復しても気分までよくならないみたいですし、と心配げにいってくるテミにありがとうと告げた。喉がいたくて 自分の声じゃないみたいな声がしていた。テミのいうように、回復魔法は人の病までは治せないというのは知っていた(以前ブルースが風邪をひいた時に誰より テミ本人が、私はなんて無力なのでしょう、と嘆きながら一晩寝ずに看病していたのを、俺は勿論覚えている。)が、俺はそもそも回復魔法との相性が悪いらし く、不快感や疲労感すら取り除いてもらえなかった。
テミがテントを出ていく。今日は一人でここを使っていいとのことで、他の男たちは皆して外で見 張りをするといってきかなかった。そんなに風邪をうつされたくねぇのか、と冗談混じりにいうと、そうじゃねぇお前が弱ってるとこを魔物に襲われてみろ皆立 ち直れるわけがねぇだろうが、とのことだった。純粋に嬉しい。しかしやはり皆、かの城で最後にきいたあの声が気にかかっているようだ。終わり、の想像はい つだってしていた。しかしよく考えてみれば、俺たちの生に終わりなどやってこようはずがないのはわかりきったことだった。いつまでも、たとえこの鼓動が止 まろうとも、俺たちは終われない。
テントの外にある湖は暗くて、夜をそのまま閉じ込めたような姿をしているはずだ。この地が、俺は割とすきだ。空気も身体に合っている。仲間は皆、ここらへんは澱んでいてきらいらしいが。
外から何やらゴリゴリという音が鈍く聞こえる。何の音だ、敵襲か、と身構えた。しかし仲間たちから戦闘の報せはない。

そのまましばらく横になっていると、テントがめくれて、マゼンダがやってきた。よお、と掠れた声で挨拶すると、マゼンダはにこにこしながら気分はどう、と 訊いてきた。ひでぇ、といって笑うとマゼンダはやっぱりにこにこしながら、じゃあこれでも飲んで、と左手に何かを乗せて差し出してきた。つまみ上げると、 白い錠剤だった。なかなかのサイズだ。先ほどのゴリゴリという音は薬桴を擦る音か、と納得し、マグカップを差し出してくる左手をぼーっと見つめていた。湖 の水、とたずねると、笑顔でとりあえず飲みなさいよ、といわれた。視界がぼやけていて定かでないが、マグカップを受け取り錠剤を飲んだ。味覚は麻痺してい てよくわからないが、少し生臭い気がした。湖のだものなしかたねえよななんかすっげえ気分わりいわねる、と思ったら眠っていて、気づけば朝になっていて、 風邪は治っていた。
テントを出ていくと皆は既に揃っていた。おはよう皆あの薬何だったんだめちゃくちゃ効くぜすげえ助かったありがと、とやや興奮 気味にいうと、皆はにこにこしながら、よかった隊長が元気になって安心した俺たちすげぇ生きた心地しなくてさやっぱりアンタのその声がなきゃな、と口々に 告げてきた。普段はあまり話したがらないクロウまでにこにことご機嫌だ。不思議に思って彼らを見回すと、少し違和感があった。なんだ、と思いよくみれば皆 利き手に真っ白な包帯をしている。どうしたんだよその包帯、と慌てながら問いかけると、ジルバが意気揚々と口を開けた。あのな、俺たち皆お前のために少し ずつ、少しずつお前にな、お前になりたかったんだよ、と。脈絡のないその言葉が何のことかわからなくて、何だよ意味わかんねえ、どうしたっていってんだ よ、と声を荒げて問い詰めると、ジルバはうっとりとした顔で、だからさ、と包帯を外した。皆もそれに合わせて各々の利き手をさらけ出した。
俺は息 を飲んだ。ジルバの右手の人差し指はなくなっていた。どうした、なんで、それ、と言葉にならない思いを口にすると、やはり右手の小指を同じようになくして いるマゼンダが幸せそうにいった。あたしたちの骨をね潰してね混ぜてちょうどいいくらいの大きさにしてあげたのでも骨だけじゃやだなっていうからねお肉と 血も混ぜてねマグカップに入れてねそれでねやったぁって笑ったのねぇブロントあたしはアンタになってるのかなすてきねおいしかった?
俺は皆がにこにこと恍惚に浸りながら俺をみているのを風邪ってこわいと思いながら感じていた。それでも終われないなんてこんな冗談あってたまるか、と思いながら吐いた。が、出てきたのは胃液だけだった。

inserted by FC2 system