切り取れ



切り取れ、


どこで間違えたんだろ、そう呟いた君の声がひどく滑稽で安っぽいのが可笑しくて、苦渋の表情を作る。なんて今更な台詞、お粗末な脚本だろう!喉が音を立ててしまいやしないか、ここで笑ったらこのお話を笑い話として肯定することになる気がしてひやひやした。スリルのある観賞。喜劇なら拍手喝采。薄く透けた翅が静かに重なった、その美しさに乾杯したいくらいだ。君越しに見える青空が綺麗だ。差し込む光を拒絶するように閉ざされた目蓋の小ささが愛らしいね。言葉にはしない。顔にも出さない。口元だけ歪めている。我ながら見事な役者魂、なんてね。屋上に座り込む君の脚から体温が逃げていく、コンクリートに嫉妬、肌触りを脳内で堪能してる。滑らかな白い肌が反射する昼下がりの日光、もしかして君が発光してるんじゃないか。する、と脚を折って抱え込んだ両腕の細さがこわい。触れたら壊れそうな君の存在がこわい。君の原材料は電子の海に住む男への恋慕と菓子パン、ガラス製の脆さを兼ね揃えている。甘そうでいいね、コンビニに売ってたら即買いだ。なんて思っていたら君が、画面越しの恋愛なんて、と苦し気に呟くから、昨夜も会ったの、と聞くと、当然、と返された。体育座りの君はとてもキュートだ。バーチャルな世界が好きな君が好き。でも君の好きな金髪の剣士をコンビニで滅多斬りしてる白昼夢にも夢中。銀髪の聖騎士はお好き?何でもお金がお好きらしいその聖騎士、君は何とも思ってないらしいね。自己投影してたからちょっとへこんでしまったよ。金髪に染めてしまおうかと真剣に悩んだくらい。でも三次元なんて!と怒り、二次元かぁ、と嘆く君の台詞で馬鹿らしくなってやめた。根本的な在り方から否定されてしまった。何度目かの恋愛相談、パンをくわえながら喋る声が少し掠れていて身がもたない。昼から興奮しちゃって犬みたい、はしたなくてごめんね。君に対しては万年発情期なんだ。君の好きなあのゲーム、実は毎日やってるよ。言ってみたいけど言わない。何故なら君の想い人をひたすら殺しているだけだから。あー、と無意味に呻いて空を仰ぎ見る君の喉が眩しい。屋上に世界の果てを見つける昼休み。一昨年飛び降りた子がいて、実は立ち入り禁止だけど、先輩から譲り受けた内緒のスペアキーのおかげで今は二人きり。途切れることなんてないような青空と、フェンスの網目があのゲームを連想させる。コマ移動する男のどこが好きなの、でもそんなものが好きな君が好き。あれ、このフレーズ本日何回目だろう。菓子パンを食べてただ笑う君と、馬鹿話してる。君への劣情なんて微塵も表に出さずに数学の教師の話を反復してる口は本当に達者だ。食べ終えたパンの袋をぐしゃぐしゃ握って結ぶ君が、見て、と指差した方に、白い切り取り線。飛行機雲、名指しで笑う君のツボがわからない。端の方から消えていくラインは不安定ながら青に傷を作っている。すぅっと伸びた白が世界を切り取っていた。二人きりの世界に区切りをつけた白線、白線、白線!この次元でもたった一本で隔てられてしまった。あー、君がまた無意味な音を放つ。屋上は静かだ。遠くにある飛行機雲を見ながら、心の中で君と心中してる。悲劇だ。現実では逃避活動に余念がない君が、今日も帰宅してネットに入り浸る姿を想像して、君の原材料が電子だったら幸せだったのにね、と思った。君は彼と結ばれるし、二次元の君を思い続けられるし。どこで間違えたんだろ。あー、と意味ありげに空に吠えたら本当に負け犬みたいで、


君が、好きだ。


(切り取れ、世界。)


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