ブルースはふざけた奴だと、ジルバは思う。

とある夜更け、弓の手入れをしながら鼻歌を歌っていたかと思うと、にやりと笑って、火を見ていたジルバに向かって一言、

「最近視力が落ちたんだよねー」

と話しかけてきたことがあった。アーチャーとして致命的じゃないかと思い、悩んでいるのだろうと同情し、それを自分に打ち明けてくれたことが少し誇らし く、ジルバは結局、複雑な顔をしながら、大丈夫か、と心配を口にした。隣で胡座をかいて弓の握り心地を確かめていた青髪は曖昧な返事をしてにやにやしてい た。んーってなんだ。相談するでもなく、そのまま無言で弓をいじり倒し、なぁと声を掛けてきたと思えば、明日の朝飯って何、という何とも気抜けする言葉 だった。卵だと返すと、そっかーと間延びした相槌を打ち、そのまま立ち上がり寝床へと行ってしまったのだった。

次の日卵を食べた後に他の仲間に見つからないようこっそりブルースの肩を叩いて、もう一度、大丈夫か、と訊ねると、つり気味の瞳を眠そうにこすりながら、 またしてもんーと返してきた。戦場でのブルースの視野は鷹のそれであるとジルバは思う。度々驚かされていた。しかし今まじまじと見た奴の瞳はどうだ。まる で覇気というものがない。そんなに悩んでいるのかと思い、何か言葉を掛けてやらねばと焦り、自分の少ない語彙の海から引き揚げた言葉は、頑張ろう、だっ た。情けない。ブルースはにやりとして頑張ろう、と返してきた。そんな顔するなといいたいが、ジルバはどうしようもないまま、どこからか聞こえてきた自分 を呼ぶブロントの声に従うためその場を離れた。ブロントの用事は朝飯に対する非難だった。卵が食えれば充分豪華ではないか。

数日後、あの日のように火を見ていたジルバの元に寝床からやってきたブルースはひどく深刻そうな顔をしていて、あぁなんて受け答えすればいいかな、と思い ながらジルバは佇まいを正した。また隣に座ってきたブルースが口を開くのをただじっと黙って待った。弓をいじったブルースが顔を崩し笑い、俺さ、と切り出 してきた。なんだ、と返すと一言、

「髪切ろうと思うんだよねー」

本当に何なのだ、と思った。わざとなのか。そんなに触れられたくない話題なのか。お前の視力がなきゃ隊の皆の命にかかわるかもしれないのに。そんなこと いっている場合か、と怒鳴ると、ブルースはびっくりしたようにその目を見開いて口を引き結んだ。何さぁいきなり、と尚も軽い口調に腹がたち、お前、といい 掛けて口をつぐんだ。何で自分が怒っているのだ。視力が落ちても、髪を切っても、奴はアーチャーで、仲間ではないか。何があろうとただ笑うだけだ。自分が 眉間に皺を寄せている回数ぶんにやにやと笑う。真面目に受け取りすぎて考えすぎて勘繰る自分とは違って、茶化して誤魔化す。ブルースは手にしていた弓を胡 座の上に置いて目を細めた。明日の朝飯って何、と訊いてきた声に、ジルバは震えた声で卵、と答えた。そのまま寝床へと行ってしまった背中を感じながら、火 を見るふりをして、ジルバは黙って目を瞑った。

朝、卵を用意しているジルバの肩に置かれた手の主は、嘗ては厚く覆われていた前髪をばっさりと切っていた。珍しく寝癖ひとつない綺麗な髪を、子どもをあやすように撫でてやると、にやにや笑って、頑張ろう、といってきた。不覚にも笑ってしまった。

「ジルバさ、もしかして視力うんたらについて怒ったの?」
「……そうだよ」
「あれ嘘だよ」

ブルースはふざけた奴だと、ジルバは思う。



inserted by FC2 system