足元で小さな欠片がじゃり、と音を立てて砕けた。廃墟のような大広間に段を作る玉座の傍で、鎧が軋んだ。 所々傷をつけているものの、豪奢な装飾の施されたその椅子に、座るものはいない。剣を落とす。 美しい聖女のような造形の飾りをブロントはそっと撫でた。剣を握り続けていた手はでこぼこになっていて、それでも、ひやりとした金属の滑らかさを感じた。 その装飾が、先程斬りつけたものを模したものなのだとしたら。 ああ、納得だ、ブロントは何にともなく笑いかける。 その装飾と同じ色の髪を持つものの、それでもどちらが真に美しく清いのか。比べるまでもない。微塵も似てなんていなかった。 神様をどのように殺したのか。 ブロントの青い鎧に付いたはずの鮮明な色は、もはやどこにもなかった。 血の通うものだったのか、と、斬りつけてから思った。 溢れる色は仲間の魔法使いの髪と似た燃えるような赤だった。けれどそれは人間のものとは違い、地に落ちる前に消えた。 虚像ナンダヨ、形ガアルヨウデ、本当ハナインダ。 剣先に食い込んだ黒いものは奇妙な声音でそういうと、灰がかった色の手で一冊の書物を開く。危険を感じて繋がりを一気に引き抜いたが、相手は呻き声もあげずに流暢に呪文を唱えた。 柔らかい髪を靡かせて聖職者の少女が懸命にブロントの怪我を癒すが、味わった業火に鳥肌が立つのがわかった。笑わないように歯を噛み締める。 ああ、この時を、待っていた。 歓喜に満ちた自分の全身が、細胞の一つ一つが、笑いたくてたまらないとでもいうかのように震えている。 プラチナブロンドの僧侶が、大丈夫ですか、と心配そうに聞いてくるが、ブロントの目は本を構えている黒いものに釘付けだった。 神様に出逢った。そう思った。 執拗に斬る。斬る。斬る。 叩きつけるように剣を振るう。錆の臭い。口に含むとむせかえるような甘さが鼻に抜ける。肉の感触。すぐにまた戻り、形を成す、けれどそれは、ないのだ。だからただ、斬る。 神様を殺しているのだ。 自然と声が洩れた。咽喉の奥から溢れる笑いが止まらない。 ブロントの鎧は、あの草原の日から傷を増やし、幾つもの綻びがあった。地に落ちることなく消える赤は、青い鎧に確かに付いてから、すぐに跡形もなく消える。 偶像崇拝の都合のよさ。何もないんだ、こんなものなのだ。長い、まだ消えない、腕が疲れた。また焼かれる。叫ぶような笑い。斬る。笑う。 マゼンダはそれを大広間の隅で聞いていた。耳を塞ぎたくて、けれど戦場で音を絶つのは命取りだった。援護するブルースも、悲痛な顔をしてブロントを見ていた。 マゼンダは目を背けた先で、今しがた潜った大広間の扉の、その向こうを確認する。 ジルバがコボルトに止めを刺すのを垣間見て、その断末魔が耳に残った。鉤爪が石を掻く音に吐き気がした。 私たちは今、彼らから王を奪う。 私たちの王は、もう、いない。 いくぞ、という声が聞こえて、マゼンダは少しずつ玉座に近づく。先程負った傷は癒えていた。 向かわなければいけないのだ、私たちは。 あと少しで射程圏内というところで、闇と対峙していたブロントが笑うのを止めた。陰りで表情がわからない。けれど、小さく、さよなら、と聞こえた。 振り上げた腕が、素早く闇を突いた。ズッという音を立てた闇色は、笑っているようだった。 霧散する闇。その最期に、聞いたことのない澄んだ音。コレデオワッタトオモウナヨ。囁きが、そのまま脳に響く。 夕焼けに響いた笑い声に、微かに似ていたような気がして、マゼンダは今度こそ耳を塞いだ。 空の玉座の前で立つ、人の王だった青い鎧の男は、掌に握っていた剣を落とした。金属音は大理石に吸い込まれて、星に消えた。 葬列のように、共に歩んだ仲間たち。人間のための棺としては、この城は大きすぎた。 玉座の装飾のきらめきに、ブロントは口づけをした。その髪は、もう光の差さないこの地では、驚く程にくすんでいた。 行く末を失った星たちは各々に口を開けた。声は、出なかった。 神様でもいればいいのに。 どうしようもなく高いはずの空も、この棺の中では望めないのだ。 墓標のようにたたずむ月は、しかし、人には見えなかった。 葬列
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