地面に広がりぐにゃぐにゃと伸縮を繰り返すそれに一瞥をくれてやる。先程射たことにより苦しんでいるのだろうと思う。けれ どそれが確かに苦痛による悶絶の表現なのかまでは、別種の自分にはわからなかった。果たしてこいつらに痛覚はあるのだろうか。そんなことをぼんやりと考え ながら矢筒から一本の矢をするりと引き抜き弓にかけた。急所とおぼしき核のような箇所に自然と狙いを定め、パシッと鋭い空気を響かせて射た。青い粘液は一 度震えて、ぱしゃりと体液らしきものを撒き散らし事絶えた。

 昨日の戦闘はなかなかに大変なものになった。左右を崖に囲まれた狭い谷底で既に陣営を組んでいた相手方に対し、こちらはまるで翻弄されるように戦ってい た。地の利を見定め遠方から矢を放つ敵のゴブリンたちに腹が立った。それでも何とか赤い敵将を討ち取ったブロントは、血のような相手の体液を浴びた髪をぐ しゃぐしゃと掻きむしりいらいらしていた。どうしたと声をかければ「坊やっていわれた気がする」と自身の戦闘スタイルを敵と比べて反省していたようで、苦 笑しつつ励ました。かくいう自分も相手の弓術をより活かせるスタイルに対し劣っていたと感じていた。

 まだまだ未熟な自分を叱咤しつつ、朝のまだ柔らかい日差しの中を進む。前を行くテミの緩いウェーブを眺めながら、射殺したスライムを思い出す。思えば自 分たちはモンスターたちについて知らない気がする。名前や倒し方、外形は粗方わかっているが、その生態や知能について、だ。彼らは意志疎通をどのように 行っているのかも、自分は知らない。鳴き声を上げる種族に関しては何となくパターンがあるような気もするのでそういったものたちはまだいいとして、スライ ムたちはどのように意志を通わせているのだろうか。別種同士での意志疎通は可能なのか。意志を持たない、ただ敵意を向けてくる自分たちに反応する生き物な のだろうか。生きているのだと、自分は思っているけれど、もしかしてそれから間違えているのだろうか。あの粘液の真ん中より少し下に位置する核のような箇 所を壊しても、死んでいないのかもしれない。足を無機質に交差しながら進んでいく。テミの髪はほわほわしていて、跳ねるように進む彼女にとても合ってい る。

 しばらくして休息を取ることになった。進むにつれて気候が徐々に暖かくなっている上に、日は既に高くから注いでいた。尋常でない汗が滝のように溢れてい た。全身鎧のジルバは一刻ほど前から甲冑を脱いでいた。敵襲があったらどうすんだ、といったら「このままだとその前に死ぬぞ」と弱々しい声で返したため、 ブロントも自分も強くいえずそれを黙認していた。当人はそれでもやはり暑かったようで、死んだ顔で寝転んでいた。汗は出切ったらしく干物のようである。そ う思って笑った。

 休んで、さぁ、という時になって、近くの茂みでがさがさと音がした。まかせるように伝え仲間には身支度を整えさせる。音的にもそれほど強敵とも多数とも 思えなかったからだ。身構え、傍らに置いていた弓矢に手を伸ばす。二拍待ったが襲ってこないためこちらから近づくと、そこには人の骸があった。しかし、そ れが動いているのではなかった。変色し斑の浮かぶその身体を被うような、粘液。ぐにゃぐにゃと薄く全身に纏わりつくそれを、凍ったように動かない自分は、 ただ見ていた。それはズルズルと這うように動き、やがて死骸の左胸に留まった。見たところ外傷の少ない(足と横腹には獣に食い散らかされた跡が見受けられ たが、死因とは思えない)その死骸はひどく小さく痩せていたため、恐らく餓死だろうと思った。次の瞬間、あろうことか粘液は横たわるその身体の、左胸を突 き破ったのだ。いくら腐った肉であろうと、ああも容易く内部に入り込めるものなのだろうか。ぶちり、と何かを食いちぎった音がした。

 自分の肩を掴んで「どうした」と訊いてきた先程まで死にかけの体だった鎧に、あれ、と茂みに隠れたそこを指指す。すると目をやった男が、ただのスライム じゃねぇか、と槍を構えていい放つ。もう一度目を向けると、そこには一匹のスライムがいただけだった。半透明の粘液は空を映したような自分の髪色と似た澄 んだ青で、中心の少し下には、自分の左胸にあるものと似た核らしきものがあった。


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