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「ドウシタ」

脳に響く声。目の前の影に向かって苦笑して、悪いな、と呟くと、相手はくすりと笑ってただ立っていた。いつもごめんな、と再度謝ると、黒い影は、別にいいさ、と高く笑った。

剣を握る右腕は火傷が酷く、じわりと滲む血が沁みる。痛いなぁ、とぼんやりと考えてしまうところを見ると、旅立ったあの日から何も変わっていない気がする。ステータスだけ無駄に上がった。

当然なんだろうな。だって俺が倒されたらこのゲームは強制終了なのだから。一人ぬくぬくとレベル上げしていただいたとも。

切ったスライムの感触がすっげぇ胃に悪いことすら、画面の向こうの奴は知らねぇんだろうな。あれは前々回のセーブの時だったっけ?既にあやふやだ。

自嘲すると、一歩先にいる黒が、大変だなとでもいうようにぱたんと本を閉じた。お互い様だろう。俺は剣を構えたまま、しばらく右腕の痛みに耐える。

はやく動かせ、それか回復してくれ。画面の向こうに祈る。

すると少しは通じたようで、右腕は自然に振り下ろされた。もちろん、俺の筋肉はしなり、風の音がする。

(意思なんてあったもんじゃねぇな)

俺はぎゅっと目を瞑って、斬った相手を見ないよう努めた。肩に反動がきて、剣を通して、斬ったものの肉感が身体を巡る。逆流しそうな胃の中のものを必死で抑える。そのまま一気に線を引いた。

するとすぐ後に、身体が火に包まれた。目蓋の裏の色が変わる。こいつの火はいつも明るいから、目を瞑っても光を感じてしまう。熱い痛みに、俺は叫んだ。

「反撃なんてなくなりゃいいのにな」

わざと右腕を外してくれる優しさに少しだけ感謝しつつも、本音が洩れる。相手はまた楽しそうに笑うと、なぶり殺される私の身にもなれ、と告げた。はいはい、こっちも何度も斬りつけたくないんだぜ。

また、業火で焼かれる。その時の相手の表情を知っているから、文句なんていえない。ごめんな、こんなことさせて。口内で呟いた。左胸が痛い。

今度は迷いなく振り切って、さすがに目を閉じているのは止めた。あんまり閉じたままでいると、意識が飛びそうになるから。いつまでも眉間の皺は取れない。やはり、右腕が痛い。

(回復しろよ)

思わず愚痴が溢れる。
遠くで銀髪が揺れるのがわかった。ありがとう、と微笑むと、クロウは、礼なら奴にいえ、と涼しげに返してきた。誰がいうか。画面の向こうに毒づく。

「コノターンデヒトマズ、“オワリ”ダロウ」

闇の精はそう笑うと、本を落とす。全ての苦痛を取り除いたような、穏やかな顔だった。

いつだったか、なんでそんなに幸せそうに倒されるんだ?と聞いたことがあった。
お前のターンで終わると、確実に一度だけ、お前よりも相手を傷つけずにすむからだ、と答えてきた。
あぁ、そうか、と思ったのは、一体いつだったのか。

最期、一閃。
またな、と声をかけると、優しそうに笑ってから、繋がった刃を一撫でして、そのまま消えた。

ぱっと切り替わる画面。表示されたウィンドウで、無機質に、お前が語りかけている。
画面の向こうの奴に気づかれないように、その窓の陰に隠れて、俺は泣いた。おめでとう、何度目かのクリアだ。

俺はもう、お前を殺した回数を覚えていない。そのうち何度、俺はお前より多く、相手を傷つけたのだろう。

画面の向こうで奴がセーブする。上書きされたデータに聞けば、答えてくれるだろうか。
右腕が痛い。

(次はどうか、はやめに回復してくれよ)

セーブを終えた神様に願う。

そして、はやく、この窓を閉じて、俺を殺してくれ。
右上の、そのバツを押すだけだ。
たったそれだけで、目蓋を閉じたままでいられるから。

そこだ、押せ、

彼らを殺すための道具はそこに。

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