どうしようもない、空は高いのだ。そう思ったとき、背後でぱしんと鋭い音がした。

「ぼーっとして、隊長らしくないわ」
「うん」

手を叩いた音がずっと向こうまで響いていた。俺は振り返り、草原に立つ少女を見る。
返事がぼんやりとしか聞き取れなかったからか、彼女はまだ難しそうに眉をつり上げている。それでもまっすぐこちらを見る彼女は、叩いた手を組んでいた。

彼女の瞳が少し揺らいでいた。多分また俺を見間違えているのだろう。どうとも思わない。思っちゃいけない。

若い、けれど老熟したような雰囲気の赤毛の魔法使いは、倒そうと誓ったかの闇色の君を知っている。
俺とよく似ているそうだ。

初めは驚いたものの、ああ、納得だ、と思える俺に、あの誓いは守れるのだろうか。まだ柔らかな草を感じるこの地では、そんなことで簡単に揺らいでしまう。なんて脆弱な信念。

彼女の膝が交互に交差して、俺の方まで向かって来る。来るな、なんていえない。代わりに、首の向きを正した。遠く森林が見える。夕方の空気が肌に心地良い。

かさりとも音を立てない、草を踏む足は近づく。すぐ後ろにある気配に、前にいる自分を感じて吐き気がした。触らないでくれ、俺は、君の前を行く力なんて持たない。肩に手が置かれる。細い、少し荒れた指から、微かにつんとした臭いがして、思わず顔をしかめる。魔法使いは赤毛を揺らして快活に笑う。

「あんたのきらいな玉ねぎばっかの料理だけど、しっかり食べなさいよ」

そういえば野営の準備中だった。いつまでも薪を拾ってこない困った隊長を探しにきたのよ、と、彼女の口元からため息交じりに漏れた言葉が、ゆっくり地面に吸い込まれる。

この星は地表から音を吸収して人を孕むんだ、とその時思った。温かい星の体温。言葉の熱が沁み透る。

流星群が見れるんだって、というと、ふうんと無感情な声が返ってきて、また消えていった。
薪、拾ってないや。忘れてしまった。どうせ玉ねぎだらけなら手伝ったって見返りなし、そう思ったから、まだ草の上に座っていた。その様子を見て、マゼンダは連れ戻すのを諦めたのか、玉ねぎ臭い手をどけて俺の後ろに立っていた。

地表に草と岩、神様でもいそうなこの美しい夕焼けに照らされて温かそうに燃えている。あとは、遠くに見える木々と、これまた遠く後ろにある仲間たち。射程距離圏内には、俺と赤毛の女の子だけ。
それだってすぐなくなるのだろう、もしかしたらいまこの瞬間に。
どうせ頑張っても百年いきるかいきないかなんだ。でも何億年もいきた星がずうううっと流れるんだ。今夜。

まだ日も沈まないのに、俺はそればっかり考えていた。

死んだ星の最期の熱。
これから俺が奪う、いくつもの命の代わりに、今日、星が降る。
いきてほしい。この空で。
それでも、俺は殺すのだろう。泣きそうになった。

彼女はいつの間にか俺の横に立っていた。同じ方向を向いているようだった。星が降るのは、まだ。
俺は静かに目を閉じて、地表に背をつけた。温かいと思っていた草がとても冷たくて目を開けかけたけれど、かたく閉ざしたままでいた。

まだ傷ひとつない青い鎧が、音を立てた。とても穏やかな時間だった。

さっきより高くなった空が笑い声を響かせる。薪を取りにいくまでに、星が流れることはなかった。

流星

→星葬


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